95年、サンデーサイレンス産駒として初の日本ダービー優勝馬となったタヤスツヨシ(牡16)が、29日早朝、けい養先の北海道・ブリーダーズスタリオンステーションで馬房から出た際に暴れて転倒。右後肢の大腿(だいたい)骨を骨折し安楽死処分となった。
同馬はサンデーサイレンスの初年度産駒として94年にデビュー、同年のラジオたんぱ杯3歳S(現ラジオNIKKEI杯2歳S)を勝利。翌年には皐月賞で2着の後、日本ダービーを制した。11月の菊花賞(6着)後は休養に入ったあと、翌年春に屈腱炎を発症。そのまま引退して種牡馬入りした。産駒は97年から07年までの11年間で合計671頭。06年ダービーグランプリ(統一G1)を勝ったマンオブパーサーなどを輩出した。[日刊スポーツ]
サンデーサイレンスの初年度産駒としてフジキセキ、ジェニュイン、ダンスパートナーとともに後のSS黄金時代の幕開けを飾ったタヤスツヨシ。日本ダービーでジェニュインとの馬連1点10000円で獲った馬券は今でも忘れられません。
心より冥福をお祈りします。
2008年07月30日
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