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2008年12月31日
2008年12月23日
WBC世界フライ級王座戦 内藤大助4度目の防衛
2008年09月07日
佐々木健介 史上初の3大メジャーシングルタイトル獲得
2008年07月31日
W世界戦、内藤大助・坂田健史の両王者が防衛
世界ボクシング評議会(WBC)と世界ボクシング協会(WBA)のフライ級ダブルタイトルマッチ12回戦が30日、東京・国立代々木競技場で行われ、 WBCはチャンピオンの内藤大助(宮田)が同級13位の清水智信(金子)を10回57秒KOで下し、3度目の防衛に成功した。
内藤は33歳11カ月での世界王座防衛で、自身の持つ日本のジム所属選手の年長記録を更新した。内藤は33勝(21KO)2敗3分け、清水は13勝(5KO)3敗。
WBAも王者の坂田健史(協栄)が同級3位の久高寛之(仲里・ATSUMI)に3−0で判定勝ちし、4度目の防衛を果たした。坂田は33勝(15KO)4敗2分け、久高は16勝(5KO)7敗1分け。 [スポーツナビ]
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内藤は33歳11カ月での世界王座防衛で、自身の持つ日本のジム所属選手の年長記録を更新した。内藤は33勝(21KO)2敗3分け、清水は13勝(5KO)3敗。
WBAも王者の坂田健史(協栄)が同級3位の久高寛之(仲里・ATSUMI)に3−0で判定勝ちし、4度目の防衛を果たした。坂田は33勝(15KO)4敗2分け、久高は16勝(5KO)7敗1分け。 [スポーツナビ]
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2008年04月07日
[ボクシング]東洋太平洋、日本フェザー級ダブルタイトルマッチ ドローで両者防衛
史上初の高校6冠ボクサーで日本フェザー級王者の粟生隆寛(24=帝拳)が、無念の引き分けで、世界挑戦権獲得はならなかった。東洋太平洋同級王者の榎洋之(28=角海老宝石)とダブルタイトルを懸けて対戦。互いに譲らず、3人のジャッジともドロー判定に終わった。勝利を信じた粟生は試合後、号泣して悔しさをあらわにした。両者とも3度目のタイトル防衛となった。
(中略)
「真の日本一決定」は持ち越された。完全決着への期待は高まるが、両陣営とも再戦には否定的。榎は年内の世界挑戦を見据え、粟生も今回の悔しさを糧に、来年以降の世界挑戦を目指す。本田会長は「オレも本人も勝ったと思っているが、潜在能力の60%しか発揮していない」と攻撃面などの課題を挙げた。粟生も「攻撃のバリエーションを増やしたい」と言って、涙をふいた。
[日刊スポーツ]
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(中略)
「真の日本一決定」は持ち越された。完全決着への期待は高まるが、両陣営とも再戦には否定的。榎は年内の世界挑戦を見据え、粟生も今回の悔しさを糧に、来年以降の世界挑戦を目指す。本田会長は「オレも本人も勝ったと思っているが、潜在能力の60%しか発揮していない」と攻撃面などの課題を挙げた。粟生も「攻撃のバリエーションを増やしたい」と言って、涙をふいた。
[日刊スポーツ]
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2008年03月08日
内藤大助 WBC世界フライ級王座防衛
2008年03月02日
[ボクシング]新井田が7連続防衛
2007年12月17日
[ボクシング]内藤がMVP 年間最高試合の2冠
2007年12月16日
ハイアン・グレイシー死去?
“グレイシー最凶の喧嘩屋”としてPRIDEで活躍したハイアン・グレイシーがブラジル現地時間15日、サンパウロの留置所で死亡しているのを発見されたと現地メディアが報じた。
ハイアンは前日に起こした自動車窃盗の罪で拘留されていた留置所で死亡が確認されたとのことで、死因は不明。
ハイアンは00年と01年の2度に渡り当時新日本プロレスに在籍した石澤常光と対戦し、04年にはミノワマン(当時、美濃輪育久)と対戦するなど、対日本人戦を主軸としたマッチメークと破天荒なキャラクターで人気を獲得。05年2月のPRIDE.29では中村和裕との対戦が浮上していたが実現ならず、同年の拳銃誤操作事故で大けがを負ったため、04年大みそかの安生洋二戦が最後の試合となっていた。[スポーツナビ]
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ハイアンは前日に起こした自動車窃盗の罪で拘留されていた留置所で死亡が確認されたとのことで、死因は不明。
ハイアンは00年と01年の2度に渡り当時新日本プロレスに在籍した石澤常光と対戦し、04年にはミノワマン(当時、美濃輪育久)と対戦するなど、対日本人戦を主軸としたマッチメークと破天荒なキャラクターで人気を獲得。05年2月のPRIDE.29では中村和裕との対戦が浮上していたが実現ならず、同年の拳銃誤操作事故で大けがを負ったため、04年大みそかの安生洋二戦が最後の試合となっていた。[スポーツナビ]
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